Honi soit qui mal y pense.
(思ひ邪なる者貶めらるべし)

──エドワード三世

時代の古今を問わず、洋の東西を論ぜず、実は人類には2つの種族しかいない。慾望に生きる者と義務に生きる者とである。ショーペンハウアーの言葉で言えば生きんとする意志のみに生きる者と知性及び精神に生きる者とのことであり、オルテガの言葉で言えば「大衆」とその他の貴人とのことである。後者は例外的な数に過ぎず、前者がこの世界の圧倒的多数である。

その世界の人口のほとんどを占める衆人はといえば、自主性を抛棄し、依存しあい、あらゆる努力を嫌い、徒党を組み、つくばい、何らの信念も有せず、ごまかしあい、詭辯を弄し、真理よりも他人を言い負かすことばかりを考え、でたらめな判断を下し、自らの頭では何も考えず、他人と同じように考え、他人と同じように喜び、他人と同じように悲しみ、他人と同じように怒り、そして他人と同じでないものを蛇蝎のごとく嫌い、斥ける──それが彼らの生き方、やり方なのだ。

自主のをんなの子」たる者として、私には彼らの行いを弾劾する権利が十分にある。仮に彼らが佚楽を貪りながらも凡俗という自らの領内に納まっているならば、私はかのニーチェからの手厳しい謗りを免れ得なかったであろう。だが実際はそうではなく、彼らはその踏み留まるべき境界を越え出でて、義務に生きる自由人たちの思考をあらゆる手練手管でもって制限し、支配することに余念がなく、あまつさえ自由人の素養たるべき学問及び芸術の分野にまで侵蝕し、これらを自分流儀に勝手に畸形にするという、厚顔無恥な闖入ちんにゅう者なのである。不当にも我々の領域に侵入し、乱暴狼藉を働いている以上、こういう輩を生かしておくわけにはいかないのであって、このサイトはそういう彼らの蛮行一つ一つを容赦なく俎上に載せ、以て悪徳を撒き散らす多数者にとっての恐るべき巨大な断頭台とならんことを欲するものである。

翻って私は、ここで語ることが、必ずや真理を知ろうという誠実且つ高貴な志を有する少数の者に届くに違いないとの期待を持って、このサイトを公にする。それまでは、異端として呪われたり、一顧だに値しないものとして蔑まれたり、あるいはこの世の全ての敵と目されたりするようなことがあろうとも、全て従容として甘受する──今なお人類を席捲している欺瞞の微睡まどろみから目覚め、この世界のありのままの光景を把握することに成功した者にのみ、救済への道が開かれるものと確信するがゆえに。

2013年12月 名古屋
玉城武生